短編小説 ある1日
今日、私の住む下宿先に久しぶりに義母からの留守電があった。
-あんた、夏休みになったんだし、実家に帰ってきなさいよ-おばあちゃんもあんたに会いたがってるわよ-等と。
早口で捲し立てる義母の声に懐かしさを覚えながら、約5ヶ月ぶりに実家に帰ることにした。
実家に向かう途中のスーパーで、祖母の好物であるコロッケを買っていく。小、中学生の頃、学校から帰ってきた私に祖母が用意してくれていたものだ。
「いくらでも食べられるわよねぇ、コロッケ」
そう言って祖母はくつくつ笑っていたのを思い出す。
実家の長野の奥の方、そこへ行くにはPASMOの残金に不安があり、なけなしの5000円札をチャージ機に突っ込む。ついでに自動販売機でホットコーヒーを買った。
まずい、もう時間だ。
私は急いで実家付近の駅行きの新幹線に滑り込んだ。
指定席だが周りに人はほとんどおらず、気が楽だった。
私は座席を少し倒してリラックス出来る姿勢をとり、片手に森見登美彦氏の夜行を持ち、長い電車旅を楽しむ体勢になった。
どれくらいたっただろうか、新幹線の振動と共に目が覚めた。どうやら心地よくて寝てしまったらしい。
冷めたホットコーヒーを飲み、また本を手に取る…そうしようとした時、通路を挟んだ座席に祖母が座っているのが見えた。
「いくらでも食べられるわよねぇ、コロッケ」
確かにそう聞こえた。私は耳を疑った。何故だ、ここに祖母は居るはずは……
新幹線の振動と共に私は目を覚ました。全く奇妙な夢を見た。夢の中の夢とは…
そうこうしているうちに新幹線は実家最寄りの駅に到着した。スーツケースを荷物置きから取り、降りる。
むわっ、と夏の香りがした。懐かしい故郷の空気だ。私は実家への道を歩いた。
川沿いの畦道を歩いていると、実家が見えてきた。懐かしい、そう思いながら足をすすめた。
何かがおかしい。実家から異様な雰囲気が発せられている。嫌な予感を胸に押し込みながら、私は
実家の扉を開けた。ただい…
青ざめた義母がそこにはいた。家が鉄の香りがする。なんだ?
義母が私の頬に手を当てて、崩れ落ちた。頬に残るどろりとした感触、奥にいるのは…祖母?横たわりぐったりしている、何が…
私が背中に衝撃を感じたのはそのすぐのことだった。
「いくらでも食べられるわよねぇ、コロッケ」
あの時、新幹線の途中で見た夢の祖母は…